デジタルミュージアムF65赤坂今井墳墓出土品

赤坂今井墳墓出土品

あかさかいまいふんぼしゅつどひん

赤坂今井墳墓出土品の写真

赤坂今井墳墓出土品(一括) 京都府指定文化財

赤坂今井墳墓出土品の写真

国指定史跡赤坂今井墳墓は、弥生時代終末期(2世紀末~3世紀初頭)に築造された大型の墳墓です。東西約36メートル、南北約39メートルの方形土壇状の墳丘を築き、この時期の墳墓としては、傑出した規模を誇ります。平成19年7月に国史跡に指定されています。
頭飾りと垂飾具は、墳頂部に作られた第4埋葬に副葬されたものです。被葬者の頭にあたる位置から検出されました。垂飾具は耳に装着した状態であると観察され、頭飾りも同じように頭部に装着したままで葬られたものと推定されます。頭飾りは、外・中・内の三連の玉類から構成されています。材質は碧玉製とガラス製があり、ガラス玉は、緑色の鉛バリウムガラス製勾玉と青色の鉛バリウムガラス製管玉です。垂飾具は、被葬者の両耳部から一対が見つかっています。
鉄製品類は、第4埋葬から、ヤリガンナ1点と鉄剣1点とが見つかったほか、東平坦面にある第7周辺埋葬からは、鉄刀、ヤリガンナ、鉄鏃各1点が、互いに接する状態で出土しました。同じく第8周辺埋葬からヤリガンナ1点、北平坦面の第11周辺埋葬からヤリガンナ1点、第19周辺埋葬からヤリガンナ1点と棺に用いた壺2個を検出しています。ヤリガンナは各埋葬施設から一点ずつ出土するため、葬送儀礼にともなう祭具として副葬したものと推定されます。
土器類は、壺、高坏、器台、鉢、甕等があります。しかし、第1・第4埋葬の土器のように、多くは小片に破砕された後に、墓坑上面にばらまいたもので復元は困難でした。その中では、第3埋葬から出土した甕は、ほぼ復元することができ、口径14.3センチメートル、高さ16.5センチメートルを測ります。同様に第12周辺埋葬から出土した甕は、口径15.8センチメートル、高さ19.5センチメートルを測ります。第19周辺埋葬から出土した大型の壺は、土器棺として使用されたもので、体部中央に遺体を搬入した口が開けられ、棺蓋として用いられた壷も、六片程度に分割した状態で検出されました。出土した土器のなかには、東海地域からの影響が認められるものが含まれています。
石杵は、墳丘裾東側平坦面で見つかりました。朱を精製するために使用したものと推定されます。
赤坂今井墳墓の調査で検出した遺構と出土した遺物からは、弥生時代終末期の葬送儀礼の多様な姿が明らかになりました。具体的には、墓坑上の円礫敷設、供献土器の破砕散布、木製樹立物祭祀などが挙げられます。また、頭飾り・垂飾具については、当時の具体的な装着方法まで判明する貴重な出土例として、高い評価が与えられています。加えて、出土した玉類・鉄製品・土器類は、他地域との広い交易を示すもので、特に供献土器類は、丹後における弥生時代後期後半の土器様相を示すものと言えます。これらのことから、赤坂今井墳墓の被葬者群は、交易を背景に丹後地域を中心に広く支配圏を形成した首長とその一族と考えられます。
赤坂今井墳墓出土品は、弥生時代終末期の丹後地域社会の様相を明らかにする、極めて重要な遺物です。

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更新日:2018年03月27日